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トップランナー・インタビュー第八弾は、NHK制作局・ドラマ番組部のチーフ・プロデューサーの屋敷陽太郎さん。
あの大ヒット大河ドラマ『篤姫』、そして記念すべき大河ドラマ第50作目となる『江~姫たちの戦国~』(2011年放送)を担当される屋敷さんの、映像業界に対する思いや、地域ロケで意識されていることについてお話を伺いました。
(聞き手/吉田博詞、斎藤奨)

―NHKに入社されてからこれまでの経歴について教えてください。

NHKでは通常、入社後に地方局に配属されます。数年間の地方局勤めで、ドキュメンタリーからのど自慢、夕方のローカルニュースまで様々な経験を積んで東京へ戻り、その時に初めて部署が決まるという流れになります。
しかし、僕がNHKに入った年は採用人数が多かったので、通常のNHK社員の経歴とは異なりました(笑)。
僕の場合は入社して2~3ヶ月間様々なドラマ現場の見学をして、その後朝の連続テレビ小説『かりん』(1993)の現場に入りました。東京で2年間ドラマ制作にかかわり、それから山形放送局で3年間。同期が多くて全員を地方局に配分できなかったので、東京組と地方局組で分けて数年後に入れ替えるという手法をとったようです(笑)。その後、また東京のドラマ部に戻って、それからずっとドラマ部です。

―そもそもこの業界に入られた理由は何だったのでしょうか?

元々は、NHKに入る人間の多くが憧れるドキュメンタリー番組『NHKスペシャル』に参加したいと思っていました。もちろん、希望の人事はまず通りませんが(笑)。
でも、地方局から東京へ戻って、あらためてドラマの現場に入ったのですが、これがすごく楽しかった。地方局にいたときに情報番組やニュースなどいろいろ経験しましたが、その場合、カメラマンと自分と音声兼照明さんの3人、時には車両さんが入り4人で動いていました。一方、大河や朝ドラは何十人という大所帯。ドラマならではの“大勢のスタッフで作品を作り上げていく”雰囲気が、僕は好きだったようです。
朝ドラ『私の青空』(2000)の撮影で青森県の大間という町に入った時の話ですが、地元の人々が朝ドラに大きな期待を寄せてくれているのを直に感じました。その時は単に地域の景色を映しこむのではなく、地元の様々な良さを脚本に取り入れることを常に意識していました。地域に深く入り込んで、大勢のスタッフと作品を作り上げた経験は本当に面白くて勉強になりましたね。
ただ、ちょうどその頃から「ずっと同じことを続けていくのか?」という悩みも同時に出てきて……。「もっと世界のことも知ってみるのもいいかもしれない」と思い立ち、NHKの制度にある“海外研修”を利用して、映画の本場ロサンゼルス(LA)に向かいました。

―映画の本場であるアメリカでは、どのようなことを学ばれたのですか?

「UCLAエクステンション」(※全米最大の社会人教育機関)に学生として入学したんです。学生といっても、そこはアメリカ。先生が実際にハリウッドで活躍している方々ばかりで、本場のプロが何を考えて映像を撮っているのかを間近で聞けたことが刺激的でしたね。
ほかにも伝手を頼って多くの撮影現場を見てきましたが、アメリカと日本のロケに対する考え方や(撮影に対する)街の受け入れ方の違いを如実に感じました。例えば日本の現場は、スタッフが「すみません!申し訳ございません!」と言って車が通るたびに機材を一斉にどかしたり、人止めをしたりします。それがアメリカの場合、その場所にお金を払って得た“権利”を元に撮影する感覚が当たり前なのです。そこでは“映画=産業”というイメージが根付いているので、街に住む住民も当然文句を言ったりしないですし、お国柄“権利”という感覚は相当強いですね。撮影する環境として素晴らしいと思いました。

―帰国後、日本の映像業界について改めてどのように感じましたか?

やはり映像に対する認識や地位が、日本は低いように感じました。帰国後、映画を産業として考えるアメリカと日本との撮影規模と環境の落差にショックを受け、悩みが深まったという部分もありましたね。
国内でそれを実現するためには、クリアしなければいけない課題がいくつかあります。まず産業であるからには儲からないといけない。そして労働環境の向上など、優秀な人材が集まりやすい環境を作ることですね。
日本ではスタッフから役者まで、みんな朝から晩までフラフラになるまで撮らないと間に合わない現場が多いですよね。労働条件が厳しくなると、意欲があってもどうしても長続きしないのが現状です。
こういった課題を解決するためには“予算”の確保が重要になってきます。これはNHKに限らずどこの民放局の方も同様に考えられているかと思いますが、予算が増えれば人数も多く雇えますし、予算が多ければその分スケジュールにも少しでも余裕ができますからね。
ただ、予算獲得のために視聴率主義になってはいけないと思います。たくさんの視聴者に喜んでいただいて結果的に、多くの予算が確保できるという状況を作っていきたいです。

―視聴者の方に喜んでもらうために、大河ドラマはどのような思いやこだわりによって作られているのでしょうか?

“お茶の間幻想”というわけではありませんが、大河という作品は家族全員で観て欲しい番組です。そういった家庭は減っているとは思いますが、自分が関わった『新選組!』(2004)や『篤姫』(2008)の時にいただいたお手紙も、年代の幅がすごく広い。「孫と一緒に観ています」とか、「(番組を見て)おじいちゃんがこれは史実と違っていると言っていますが、本当ですか?」というご質問をいただいたりしました。二世代、三世代が揃って観られるテレビドラマって今どきないですよね?
だからこそ、大河ドラマはすべての視聴者層を大切にしていきたいと心から思います。
作り手によって違いはありますが、若年層に人気のスターと、高年齢層が大好きな時代劇スターの両方に出ていただきたい。キャスト的にも、そしてストーリー的にも観ている人のすべてが共感し、「これから1週間頑張っていこう」と感じられる内容にしたいですね。
芸術性も大事ですが、まずは誰もが「観たい!」「面白い!」と思えるものを幅広い世代に向けて発信していることが大河ドラマのこだわりであり、良さだと思っています。

―大河ドラマでは地域との関わり合いが多いと思いますが、その中で大切にされていることは?

地域で大河を撮影する際には観光面で大きな期待を寄せられますが、私たちは地域の観光のために作品を作っているつもりはありません。ただ作品の舞台となるご当地にお世話になった時には、精一杯の恩返しをしたいと思っています。
例えば現在『江~姫たちの戦国~』(2011)に向けて、いろいろ準備に動いていますが、舞台となる町の方々に「うちの町が大河に出るぞ!」と喜んでもらえました。ヒロインであるお江さんに思い入れの深い地域・人々にまず喜んでもらえない作品は、物語と関わり合いのない場所に住む人々からの支持を得ることはできないと思うんです。
自分の町のヒーローやヒロインの話ですからクチコミで広げたり、祭りやイベントも考えてくださいます。お金や権利の力ではなく、地元住民の「ぜひやりましょう!」という熱意で大規模な作品を作り上げる部分は日本の地域ロケの良さですね。

作っている側の人間は、テレビや新聞、雑誌などに出たら世の中の全員が「作品を知っていてくれているだろう」と思いがちですが、そうではない。大河や朝ドラは放送期間が長いので初回から見ない人も大勢います。最初だけ観て途中で観るのをやめてしまう人だっていますよね? そういった時に、地元の人の心からの応援が必要です。放送期間が長いからこそ、観た人がロケ地へ観光に行って地元の盛り上がりに愛着がわき「もう1回見直そう」となる。ただ観ているだけではなく、実際に行ってみると違うと思います。
自分も富山の田舎の出身なので、そういう場所に映画やテレビが来るととても興奮しますし、そういった感動を地域に住む人にも、来る人にも楽しんでいただきたいですね。
意識せずとも、いい作品を作ることで何か町興しにつながれば嬉しいと、同じ地方出身者としても思います。

【インタビューを終えて】

アメリカの映画産業への憧れと葛藤を抱きながらも、国内で誰もが喜ぶエンターテインメントを目指す屋敷さんが、どのような思いを込めて作品に携わられているかよくわかりました。海外経験から見えてくる地域ロケの良さなど勉強になるお話ばかりでした。映像業界の明るい未来のために「ロケなび!」も尽力していきたいと思いました。ご協力ありがとうございました。

顔写真

NHK 制作局 第2制作センター(ドラマ番組部)/ チーフ・プロデューサー 屋敷陽太郎さんプロフィール

1970年富山県氷見市生まれ。93年NHK入局し、東京ドラマ部配属。95年山形放送局へ。
98年東京ドラマ部に戻る。2000年米国ロサンゼルス研修。01年ドラマ部に戻る。主な担当ドラマ番組は大河ドラマ『八代将軍吉宗』『新選組!』『篤姫』、連続テレビ小説『私の青空』、特集ドラマ『クライマーズ・ハイ』、土曜ドラマ『マチベン』など。2011年大河ドラマ『江~姫たちの戦国~』ではチーフ・プロデューサーを務める。


2010年1月 29日

聞き手/吉田博詞、斎藤奨

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